12月の東北のクリスマス・キャロルの旅
December Christmas caroling trip to Tohoku
おはようございます。
私はセリアと先月東北のキャロルの旅行きました。それについて、今日、
話したいと思います。
私 たちは12月7日にJLCの12:25の授業が終わって、札幌駅1:17発の電車にぎりぎり間に合いました。函館と青森で乗り換えて8時間後、仙台に着きました。その夜はほかのキャロルを歌う美香さんという教会員のアパートに泊まりました。美香さんはすごく歌が上手でまた英語か ら日本語に訳してくれました。
次の日にシアトルから来たキャロルを歌う人たちと会いました。皆で私たちのチームは7人でした。歌を練習してから、仙台の近くの 七ヶ浜へ行きました。そこでほかの宣教団体の宣教師のギルバートご夫婦に会って、9日間そこのゲストハウスに泊まりました。ギルバートご夫婦は福岡で12年間開拓伝道のけいけんもあるし、4月から石巻でボランティアもしているし、それで私はギルバートご夫婦からたくさん習いました。毎日ギルバートご夫婦と七ヶ浜から石巻まで2,3時間かけて、通いました。今ギルバートご夫婦は石巻のアパートを探しているところですが、それは難しいようです。つなみで空いているアパートが少ないですから。
だいたい私達の伝道はクリスマス・キャロルを歌うことでした。私たちが歌う会場は老人ホームやようちえんや炊き出しの所でした。もちろん私達はキャロルで神様の愛を伝えたかったんですが、一番大事な目的は牧師と宣教師と未信者と絆を作ることでした。その目的をちょっと説明したいと思います。
―
この図を見てください。
この線は生活のレベルです。幸せ度とか満足度とかを示しています。
もし災害があったら、だいたい人たちはこのパターンを通ります。
最初の谷は速く落ちて大きいショックを受けます。人が死んだり、家や大事な物が壊されたり、これからどうしようかと迷ってしまいます。それで、考える時間がありません。6週間後被災者にとって水と食べ物と避難所は十分です。
次の谷の方が長くて深いです。そのときは考える時間があります。悲しみがたくさんあります。亡くなった家族、仕事がない、まえの地域社会との関係を失った、自分は助かって、どうして隣の人は死んだんだろう、等々。その谷の一番下の部分は6ヶ月から8ヶ 月までです。
ギ ルバートご夫婦の希望はできるだけ被災者に早く会って、いっしょに歩むことでした。そしたら本当の「がんばって」という はげましができるからです。やっと大変な所を乗り越えられます。最後の希望は土台を変えることです。災害のま えの土台はぐうぞうだったかもしれません。お金とか、いい仕事とか。
クリスチャンの証しを聞いて、神様の愛をいただければ、被災者の土台は十字架に変わります。
それが今回のキャロルの旅の目的でした。
では、3.11から月を計算したら、ここは5月ごろ、ここは11月から今年の
1月ごろまで。
特に今東北の未信者と宣教師と牧師の絆のために祈ってください。
どうか被災者が「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを
恐れません。あなたが私とともにおられますから」と言いますように。
アーメン
以上です。
私はセリアと先月東北のキャロルの旅行きました。それについて、今日、
話したいと思います。
私 たちは12月7日にJLCの12:25の授業が終わって、札幌駅1:17発の電車にぎりぎり間に合いました。函館と青森で乗り換えて8時間後、仙台に着きました。その夜はほかのキャロルを歌う美香さんという教会員のアパートに泊まりました。美香さんはすごく歌が上手でまた英語か ら日本語に訳してくれました。
次の日にシアトルから来たキャロルを歌う人たちと会いました。皆で私たちのチームは7人でした。歌を練習してから、仙台の近くの 七ヶ浜へ行きました。そこでほかの宣教団体の宣教師のギルバートご夫婦に会って、9日間そこのゲストハウスに泊まりました。ギルバートご夫婦は福岡で12年間開拓伝道のけいけんもあるし、4月から石巻でボランティアもしているし、それで私はギルバートご夫婦からたくさん習いました。毎日ギルバートご夫婦と七ヶ浜から石巻まで2,3時間かけて、通いました。今ギルバートご夫婦は石巻のアパートを探しているところですが、それは難しいようです。つなみで空いているアパートが少ないですから。
だいたい私達の伝道はクリスマス・キャロルを歌うことでした。私たちが歌う会場は老人ホームやようちえんや炊き出しの所でした。もちろん私達はキャロルで神様の愛を伝えたかったんですが、一番大事な目的は牧師と宣教師と未信者と絆を作ることでした。その目的をちょっと説明したいと思います。
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この図を見てください。
この線は生活のレベルです。幸せ度とか満足度とかを示しています。
もし災害があったら、だいたい人たちはこのパターンを通ります。
最初の谷は速く落ちて大きいショックを受けます。人が死んだり、家や大事な物が壊されたり、これからどうしようかと迷ってしまいます。それで、考える時間がありません。6週間後被災者にとって水と食べ物と避難所は十分です。
次の谷の方が長くて深いです。そのときは考える時間があります。悲しみがたくさんあります。亡くなった家族、仕事がない、まえの地域社会との関係を失った、自分は助かって、どうして隣の人は死んだんだろう、等々。その谷の一番下の部分は6ヶ月から8ヶ 月までです。
ギ ルバートご夫婦の希望はできるだけ被災者に早く会って、いっしょに歩むことでした。そしたら本当の「がんばって」という はげましができるからです。やっと大変な所を乗り越えられます。最後の希望は土台を変えることです。災害のま えの土台はぐうぞうだったかもしれません。お金とか、いい仕事とか。
クリスチャンの証しを聞いて、神様の愛をいただければ、被災者の土台は十字架に変わります。
それが今回のキャロルの旅の目的でした。
では、3.11から月を計算したら、ここは5月ごろ、ここは11月から今年の
1月ごろまで。
特に今東北の未信者と宣教師と牧師の絆のために祈ってください。
どうか被災者が「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを
恐れません。あなたが私とともにおられますから」と言いますように。
アーメン
以上です。
1 comment:
キースさん、セリアさん。こんにちは。
熟年デザイナーMです。
東北キャロル伝道支援の旅、ご苦労さまでした。
とても分かり易いスピーチで、被災者の方々の生活レベルのグラフはたいへん勉強になりました。ありがとうございます。
また後日、教会での報告を期待しています。
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